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バカ正直どっとこむ

シンプルに、バカがつくほど自分の感覚に正直に。自分にフィットした生き方、暮らし方、働き方を探るブログ。

友達やめたいわけじゃないけど、友達になってる人のfacebook見るのがつらいときの対処法

あけましておめでとうございます。

あきほです。

しばらくブログを放置していましたが、今日から復活しま~す。

 

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先日大人げなく、たこあげをしました。たこあげは距離感が大事ですね。

 

友達になってる人のfacebook見るのがつらい問題。

 

友人何人かと話していたときに出た話題です。

違う場所で複数回、話題として出たので記事にしてみます。

 

いわゆるfacebook見るのがつらい問題は、リア充投稿を見て落ち込む系が多かったと思います。

 

しかし、今回の場合は

あまりに相手のプライベートや脳内が筒抜け過ぎて、見てるのがつらい というもの。

 

 

たとえば…

 

子どもが欲しいがなかなかできないときに、めっちゃ子どもの投稿が表示される。

 

政治的な思想がめちゃ投稿されてる。自分からすると過激めなので、ひいてしまう。

 

自分をオープンに!と言っているが、そんなところまでオープンにされても、わけがわからない垂れ流しを見せつけられたような気分になる。

 

でも、友達をやめたいというわけではない。

もしくは、つながっている人も多いのでやめられない。

だから、困っているというのが今回のケースです。

 

距離感の歪み

ここで共通するのは、投稿している相手は悪気があってやってるわけじゃないんですよね。

自分が良いと思うもの(我が子なり、思想なり)を友達と共有したいと思ってるだけ。

友達なら分かってくれる♪という期待込みでの投稿だということは言うまでもありません。

 

ただ残念ながら、受け手側は不快なもの、くさいものだと感じちゃってる。

それが辛いから、問題にまで発展するのですが。。。

 

この問題は、距離感のゆがみが引き起こしてるのではないか…とわたしは思います。

確かに、これまでネットは距離の問題をクリアにしてきました。

今や遠くに居ても、ネットでなら、いくらでも繋がれますからね。

わたし自身も文明の利器に大いにあやかっています。

 

ただ、ネットでの発信をするときって特定の相手が目の前にいるわけじゃない。

なまじ相手が目の前にいないもんだから、リアルでの距離感なり配慮なりがわからなくなっちゃってる。

これって相手の顔が見えないほど、遠慮なく話してしまう現象と似てます。

それが問題をややこしくさせてる気がします。

 

「見たくないなら、見なければいい!」という意見もありますが、ネットって一度載せちゃうと完全に消すの大変だからね。

あと、友達だからわかってくれるよね♪という無意識の期待も実はけっこう重いです。

友達とは言え、価値観や状況は人それぞれですからね。

何にしても、やりすぎは気を付けた方がいいのではと個人的には思いますね。

 

くさいものにはフタを!遠慮なく非表示にしちゃえ!

投稿はくさいし、不快。

けど、それって相手の一部分がびみょーなだけで、友達やめたいわけじゃないとお嘆きのあなた。

っていうか、そういうびみょーな感じだから悩むんですよね。

ばっさり行けるなら、悩まんわ!という話。

そういうときは、相手の投稿を非表示にしちゃいましょう!

 

相手のページに行って、フォローを外すをクリックすれば、フォローが外れます。

そうすると、相手の投稿は表示されなくなります。

facebook上での友達関係は変わりません。

 

ついこの間もリアルで友人に伝えたところですw

 

結局必要なのはリアルでもネットでも同じこと

この問題を根本的にクリアするために必要なこと。

これはもうシンプルだと思うんですよ。

相手がいる場の発信なら、受け手のことを配慮して発信する。

ただ、それだけだと思うんです。

リアルに会ってるときは、そうしますもんね。

 

子どもが欲しいけどなかなかできない相手に、自分の子どもの話はしないでしょう?

普段思ってること全部、目の前の相手にぶちまけないでしょう?

 

リアルに変換して考えれば、すべてはシンプル。

目の前に相手がいようといまいと同じことではないかと思います。

facebookでも発信できる範囲、自分で選択できますしね。

そこのところ配慮できない相手と今後も付き合っていくかどうか?はいま一度考えてみてもいいかもしれません。